
たとえば、ピアノ。
「カノン」という曲があって、それを多くの人が愛し、弾く。
同じ一曲なのに、演奏する人によって、リズムも抑揚も変わる。同じ曲でも、音色はひとつではない。
音は、耳で聴ける形になるから、その違いが見えやすい。
本も同じだと思う。
「星の王子さま」というひとつの作品があって、同じ文章を読んでいるはずなのに、入ってくる速さも、沈んでいく深さも、人によって違う。
読後に残る感触も違う。
同じ作品でも、受け取る温度は、読む人の数だけある。
ただ、読むことは、演奏みたいに目に見えない。
ピアノなら音として外に出せるけれど、読むは、その場ではまだ、形にならない。
「カノンを聴く」に並ぶのは、「星の王子さまを読む」。
そして「カノンを弾く」に対応するのも、やはり「星の王子さまを読む」だと思う。
読むことは、体の内側で言葉を響かせる、内なる音読でもあるから。
そのかわり、もう一手間ある。
本を読んで、自分の中に取り入れた感覚を、言葉にすることができる。
音にすることもできる。画にすることもできる。
そして、書くという創作は、どちらかといえば作曲に近い。
読む演奏のあとに、自分の旋律を起こす動作なのだと思う。
「読む」は演奏なのだ。
音を奏でるように、言葉を心の中で奏でている。
演奏するには、ピアノがいる。
読むには、響かせるための自分がいる。
今日、自分の体に響かせたい言葉は何か。
どんな音を、どんな言葉を、鳴らしたいのか。
本をひらく。
今日も、自分の中の演奏がはじまる。
