忘れていた感覚が、息をする。

Objects

近づくほど、見えなくなる絵の前で

    美術館で、モネの絵を見た日のこと。

    展示室には、静かなざわめきがあった。
    人は大勢いるのに、声は低く足元までおろして、みんなそれぞれの距離で絵の前に立っていた。

    私も、少しずつ作品との距離を詰める。

    すると、水辺も空も交わって、色の凹凸だけが残った。
    きれい、の手前で、言葉が止まる。

    一歩だけ、後ろに下がってみた。
    それだけで、あわく点在していた色がふっとつながり、光が戻る。
    近づくと消えて、離れると現れる。
    その往復のあいだで、見えてきたのは、絵そのものより、私のとらえ方だった。

    ものには、ちょうどいい距離がある。
    近づきすぎると見失い、離れすぎると届かない。
    そのあいだでだけ、受け取れるものがある。

    だから今も、何かをうまく言えない日に、あのモネの絵の前の感覚を思い出す。
    見えないまま、わからないまま、いったん立ち止まったり、半歩下がって見直すこともある。

    そうやって見え方が変わる瞬間を、今日も楽しむ。

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