忘れていた感覚が、息をする。

Still

私は文章より先に、空気を用意する

    私はものを書くとき、たいてい音楽を流している。

    仕事で書くときは、事前にクライアントに「好きな音楽はありますか」と聞いて、その曲を聴きながら執筆することも多い。
    特にエッセイの仕事のときは、その人の好きな音が、そのまま文章の質感につながるような気がしている。

    私は、イメージやニュアンスから言葉を拾うタイプなので、音楽や写真、匂いみたいな「書くまわりの環境」に、かなり影響される。環境づくりは、もはや本文の一部だ。

    海外のクライアントとZoomをすると、夜中だったり、超早朝だったりで、家にいるのに時差ボケになることがある。なので、決まった時間に自分の好きな音を流すようにしている。

    小さい頃からピアノを習っていたこともあり、今でもピアノの音が好きで落ち着く。
    一方で、昔からレゲエも大好きで、ジャパンスプラッシュに行っていた時期もあった。ピアノとレゲエを交互に聴くのが快感だ。

    何日か前にYouTubeで、『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』展の記録動画が公開された。その展覧会はあまりに自分に響きすぎたので、私は2回ほど足を運んだ。

    当日はカメラも持っていったのだが、ファインダー越しに見るのがもったいなくて、なるべく自分の目で見ていたくて、記録はあまり残さなかった。
    けれど今回、その映像を観た瞬間、空気が一気に蘇った。

    そうそう、あの日は寒かった。右を見ても左を見ても、圧倒される世界だったんだ。

    言葉にはあえてしないが、こういうふうに気持ちが一瞬で戻ってくる体験は、本当にしあわせだ。人生に無駄な時間なんて一瞬もないのだな、としみじみ思う。

    頭でとめておく以上に、体は正確におぼえている。こういうの、忘れたくないなと思う。
    これから書いていくときも、なにかをつくるときも。

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