忘れていた感覚が、息をする。

Still

書くことの後ろに、ひとりの読者を置く

    「みんなに向けて」という意識が、少しずつ、思ってもいない言葉を選ばせていた。

    書いたそばから、どこにでも届いてしまう場所。
    オープンだけれど、どこか乾いている場所。

    SNSやメディアに触れながら、「書くことの形」がわからなくなった。
    わかってほしいと思いながらも、たくさんの人に向けようとすればするほど、自分の声が遠ざかっていくような感覚。書いているのに、どこにも届いていないような気がして、迷子になっていった。

    苦しくなっていった。

    そんなとき、「ひとりの人」の顔が浮かんだ。

    かつて、私の言葉を静かに読んでくれていた人。
    反応を求めなくても、見えないところで触れていてくれていた誰か。その人に向けてなら、なにかを書けるかもしれないと思った。

    たったひとりの読者のために書いた言葉は、不思議なほど自分にとってもしっくりきた。届いてほしいと願うよりも、まず自分が「この言葉を持っていたかった」と思えるような文章だった。

    そしてその文章が、思いがけず何人もの「ひとり」に届いていった。狙わなかったからこそ、響いたのかもしれない。誰かの心のすみに置かれるような、そんな文章があってもいいと思った。

    書くことの後ろには、いつも「その人」がいる。

    書かせてくれた誰か。
    自分の言葉を信じさせてくれた誰か。

    もしも、そのひとりの顔が見えなくなったら、きっと私は、立ちすくむんだろうな。

    私が書いているのは、「この世界のすべての人へ」なんかじゃない。

    たったひとりの、共犯者のような人に向けて。

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