
誰かと誰かが、言葉でつながる場面に立ち会うことの多い仕事をしている。たとえモノを介してでも、その向こうにはいつも人がいる。
日々の中で、言葉を選び、ときには整え、ときには余白を残しながら、リズムをつくるように生きてきたと思う。
でも、そんなふうに意識して「つくっている」とは別に、無意識のうちに、気づかないまま自分が形づくられていく瞬間がある。それはつくるというより、「育っていく」に近い感覚かもしれない。
今日の朝、どこで深く息を吸ったとか、ふと誰かの声を思い出したとか、今日はコーヒーのミルクが多めだったとか。
こういった何気ない時間が、あとから自分の物語の伏線みたいになっていることがある。
そんな瞬間に目を向けてみたくなって、静かなプロセスに細い光をあててみたいと思った。何かを生み出すというよりも、日々の中で育っていく感覚を、手のひらにのせるような。
それは作品じゃなくてもいいし、誰かに見せるものじゃなくてもいい。むしろ、そういう「言葉にならない何か」が、その人らしさの根っこになっていることもあると思う。
自分の中に、何かが流れている。
そう感じられる時間があるだけで、なんとなく、自分に少しやさしくなれる気がする。
つくることの裏側にある、目に見えないプロセスに名前をつけてみた。
『つくることの、静脈』
暮らしのなかで、まだ見えていない創作への流れを感じていくのをイメージする。
書くだけでなく、写真を撮ること、庭を整えること、器をつくること、料理すること。
または何かを「つくらない」と決めたその選択さえも、自分の内側でめぐっている何かは、みんなどこか共通している気がしている。
