
写真展や個展に行くのが、昔から好きだ。
有名な美術館で開催されているような大きな展示もいいけれど、個人で活動しているフォトグラファーさんやイラストレーターさんがひらく展示も好きだ。
こぢんまりとしたギャラリーで作品と向き合う時間は、日々のあわただしさから離れて、呼吸が整っていくような感覚がある。
「こんなふうに世界を見ることができるんだな」と思うと、景色を捉える視点が、自分の中でもなにか新しいものを生み出せる意欲に変わっていくような気がする。
たとえば、ある写真を見て、「私だったら、どんな言葉を添えるだろう?」なんて考えてみたり。
勝手にキャプションを考えて、ひとりで小さく会議を開いたりする。
そんなふうに、作品と自分の言葉のあいだを行ったり来たりする時間が、とても好きなのだ。
そして、展示を訪れるとき、こっそり楽しみにしているのが「来場ノート」だ。
受付の横や棚の上に置かれていて、その日訪れた人が自由に言葉を残せるあのノート。そこに綴られた文字たちは、どれも、作品への敬意とやさしさに満ちている。
わざわざそこへ足を運んで、作品に触れて、その後さらに時間を使って言葉を残していくという行為には、その人なりの感動や余韻が込められている。
ノートのページをめくるたびに、「この写真から、こんなふうに感じた人がいたんだ」と、自分にはなかった視点がすごく新鮮に思える。
作家さんのインタビューも素敵だけれど、来場者の感想には、その場でしか生まれない温度や衝動がある。
自分ではうまく言葉にできなかったことを、誰かが代わりに綴ってくれていた、なんてこともよくある。そのたびに、心の中でうなずきながら「そう、そうなんだよ」と思う。
もちろん、写真のテクニックや機材に興味もあるけれど、それ以上に心を動かされるのは、その人が、どんなまなざしで世界を見ているのか、ということだ。
展示という形で、それを伝えてくれるクリエイターの存在には、毎回、新しい景色を見せてもらっているような感動がある。
私自身はというと、写真を見るたびに、「この感覚、言葉にできるかな」と考えてしまう。そして、「これはもう言葉にできない」と白旗をあげる。
その瞬間の、ちょっとの悔しさと、あきらめのような快感が、なんとも言えず好きで好きで。
言語化できない感覚に出会うために、わたしは展示を訪れているのかもしれない。
